2019.2.10 (日)
第9回
場所:小金井市環境楽習館
忘れられない些細な他者
「忘れられない些細な他者」という、一見すると矛盾しているような表現。これについて話すことになった。「忘れられない些細な他者」とはいったい何者だろう。しかし、自分の記憶を探ると、確かに彼ら彼女らはいた。別に名前を知っているわけでも、深くその人たちにコミットしたわけでもない。だけど記憶のどこかに、時にふてぶてしく、時にひっそりと居座っている。
「忘れられない些細な他者」についてみんなが話すところをきく、というワークを発案したのは松山雄大さんだった。松山さんがなぜそうしたワークをしようとしたのか、確か彼には目論見があったはずだが、私は忘れてしまった。忘れられた些細な目論見。
そして、そのワークを実施するにあたってゲストアーティストの花崎攝さん(ちょっとこの肩書はどうなんだろう……という思いがこの頃メンバーのなかにはあったような気がする。既に花崎さんは「花崎さん」個人として参加していた)が工夫を凝らしてくれた。
まずは、メンバーの「忘れられない些細な他者」をインタビューで聞き出す。そして、それをインタビュアーでない第三者が聞き書きし、聞き書きした人がインタビュイーになりきって朗読する。まるで迂回的だが、この迂回に醍醐味があるらしいことに、私も遅まきながら気づき始めていた。迂回することにより、他の人との関係性が生まれ、場所との関係性が生まれ、そして記憶との関係性が生まれる。それは遠回りだが、その途上でいろいろな経験を教えてくれた。
レクチャーを受け、本番に入る前にお昼ごはん。チューターのマスターがつくってくれたカレーを食べた。マスターはカレーづくりの名手で、いつも絶品をつくってくれる。寒い2月だったので、身体が芯から暖まった感じがした。カレーを食べながら、参加者のお一人がお子さん連れであることに気がついた。お兄ちゃんと妹さんのお二人。お兄ちゃんはマインクラフトをやっていた。マインクラフトはPCゲームで、「ブロックというデジタルな単位を使っていろいろなものをつくれるんだ」と教えてくれた。
「今、マインクラフトで電卓をつくっているんだ」
「電卓をつくる? どうやって?」
彼はゲーミングPC上で実演してみせた。これ、アセンブラじゃないか。職業がプログラマである私には何とか理解できた。アセンブラというのは、コンピュータが直接理解できる、プログラマでもそうそう書けないようなプログラミング言語だ。小学校6年生でこれを考えるのは、なかなかできない。
「でも、マイナスの数をどうやって表せばよいか、わからない」
「2の補数って検索した?」
「検索したけど、あまり分からなかった」
私は会社の研修で教わったことを苦労して思い出しつつ、彼にコンピュータが負数をいかに扱うかを教えた。彼の目がキラキラしてきた。
実をいえば、その後はあまり印象に残らなかった。たぶん、コンピュータで負数を扱えることを喜んでいたお兄ちゃんのそれの方が強いからだと思う。私の記憶に、忘れられないが、さりとて些細でもない友人が一人増えた。
Text=吉立開途
Photo=池田昌紀